「…僕は」
そんなんじゃない。
心の中でまた、同じことを呟いた。
ご老体はヨボヨボしながら、さっき古登が行った部屋に
「そろそろかのう」とか言いながら行った。
結局のところ…僕は彼女を待つしかない。
そんなんじゃない。
心の中でまた、同じことを呟いた。
ご老体はヨボヨボしながら、さっき古登が行った部屋に
「そろそろかのう」とか言いながら行った。
結局のところ…僕は彼女を待つしかない。
ご老体の言った言葉の意味を考える間もなく、
彼――ハレルヤが奥から戻ってきた。
古登は、一緒では、ない。
「…っ」
「おう。古登は今爺が見てる。心配すんな」
「えと…古登は、古登はどっか悪かったのか?今何をしてきたんだ?」
「義肢の接続部の状態チェック。まぁ、俺がつくってやったんだから、
数年足らずで馬鹿になる訳ねぇけど。油差したくらいだ。悪くなかった」
「…そっか…っありがとう」
「少年が礼を言うことか?」
にや、と薄く笑われた。無自覚に出た言葉だったので、自分自身が少し驚いた。
そして、その意味をまた自覚して、僕の耳は再び熱くなった。
彼はそんな僕に構わず、金属特有の色に落ちた椅子に乱暴に腰掛けた。
「爺が言ってたが。…少年も苦労性か」
「苦労…性?」
その言葉の響きに、一瞬ぽかんとしてしまったけども。…少し苛立ちを感じた。
「古登の何を知ってる」
話の繋がりがよくわからない。だが、ハレルヤはまっすぐこちらを見て問うている。
古登の――何を、だって?
「一覇のことは知ってるのか」
…核心を突いてきた。
「…話だけ。古登が、『混沌』を受けているってことと。…彼を追っているっていうことだけだ。
僕が知っているのはそれくらい。…それで?何が言いたいんだ」
ややいらつく。上からモノを言われている。背丈の差だけでは、ない。
「まぁ、それで充分だな。あの馬鹿の性格上、そこまで知らされていれば上々だ」
空気は変わらず。でも、何かを探られている気がする。
「馬鹿って…古登のことか」
「まぁな」
あくまで、淡々と。
言われた言葉の意味を考えるよりも、その感情があまり伝わってこない口調が頭に焼きつく。
冷ややかだ。それが彼の性格なのかもしれない、でもそれを差し引いたとしても。
――僕はこの男がすきにはなれない。
「…少年、…一覇には近づくな」
「…え?」
不意に落ちる――
「あいつは、…もう止められない」
「古登を傷つけるだけだ」
いつの間にか僕は立ち上がっていた。
彼は、…何を知っているというのだろう。
「聞いておくか?」
「…何を」
「一覇と古登の話。まぁ、俺が知ってる話なんざ限られてるけどな」
「……」
「あいつは爺の客だったんだ。奴が古登を拾う少し前の話」
「…あの、爺ちゃんも?にいちゃんと同じ?」
「腕利きの機械工兼闇医者だ。元々裏稼業の人間相手に治療をやってた。一覇はこの街に、
かなりの重症を負って倒れてた。それを爺が拾った」
「機械、工…」
「ちなみに一覇も義手だ。あいつは左腕。爺が手術した」
「…そう」
「それが縁で、ちょくちょくこっちに来てたな。俺はまだガキだったけど、それなりに話はしてた」
「…一覇は、どんなやつなんだ…?」
「別に。普通の人間だ。馬鹿みてぇに真っ直ぐで、男のくせに涙もろくて、
阿呆みてぇに他人のことを気にする」
「……なんか、全然印象が違う…」
「そうか」
「だって、『一覇』は古登を傷つけて、それで『混沌』をヴェイタのおっちゃんにもかけて、
今も古登を置いてどっか行ってて」
あいたいなぁ…
そう古登がこぼしたのは――いつのことだったか。
「あいつは…」
ハレルヤが、もう一度低く呟いた。
「変わった。…今は自我を保つだけで精一杯じゃねぇか」
――自我?
「『混沌』は、…核であるあいつ自身にも悪影響を与えていることに変わりない。
あいつは言ってたよ、"俺で最後だ"と。…どういう意味なのかは、しらねぇけど」
「……一覇は今、どこにいるんだ」
「しらねぇよ」
「何で知らないんだよ」
「わざわざ行き先を人に教えてから行く人間か、少年は」
「―――」
つい、彼を責めるような――そんな口を聞いてしまったが、彼の目は変わらないままだ。
理不尽だ。…僕は、…何をイラついてるんだ。
「ただ、古登は」
「え」
「あいつを追うことをやめねぇだろうな。…まるで親を追うガキだ」
「………」
「古登の手術をしたのは俺だ。でも命を繋ぎとめたのは爺だ。だから主治医ってのは、
爺のほうだと思うんだがな」
「その…手術って…」
「今から、…何年前だったっけな。一覇が『混沌』の激しい浸食に、堪えきれなくなったんだと。
力の放出でひとつ、ちいさな集落が消えたらしい。…セルネオのすぐ近くだった」
消えた。――また、消した。
「一覇は切れそうになる意識を必死でこらえて、しにかけた古登を連れて爺に預けたんだ。
…泣いてたな。俺もまだガキだったが、あれだけは、忘れられない」
「……」
ハルヤ、頼む。
…古登を、たのむ。俺は―――
…もう、だめなんだ。
もう―――古登の傍にいちゃ、…だめなんだ――
…ハレルヤは少し目を伏せて、押し黙った。
何かを思い出しているかのように――
「…少年」
「…少年って言うな、カイエって名前がある」
「そうか」
ふ、と彼は初めて表情を崩した。柔らかな笑みだった。
「…悪いがな、とりあえず頼んでおく」
「…何を?」
「あいつの傍にいてやってくれ」
「………いちはの?」
「古登だ」
「…え…え?」
そんな言葉が出るとは。思わず動揺を隠せない。彼は。ハレルヤは…何を――
「初対面の少年にこんなことを言うのもなんだがな。
…古登はな、あいつと同じなんだ。酷く孤独だ。古登をそうさせたのは一覇自身だ。
奴もそれは解ってる。痛いほどに。だからこそ古登から自分を遠ざけた。だが古登は奴を
追う。それはもう、俺は何度かやめろと言ったんだがな。…聴く耳なんざ持ってねぇ」
「……」
「一覇は、てめぇで自分の罪を背負ったまま、苦しんでる。だがそれは俺からすれば自業自得だ。
…それも理解してるけどな。しょうがねぇ野郎だ」
「………」
「てめぇの罪は、てめぇで片を付けろ。奴に関してはそれでいい。だが古登はな。…どうしようもなく
…どーしようもねぇんだ」
その表情には、冷たさはない。
「いつか、古登はまた傷つくだろう。それまでやめねぇ。あいつはそういう女だ」
だがそのとき。その瞬間には。
「…カイエ。古登の傍にいてやってくれ。…俺には、荷が重過ぎる」
「…じいちゃぁ…」
「古登ちゃんよ。目が覚めたかい」
「うん。手術、終わった?」
「はは、手術というもんはしてねぇよ。ちょっとばかし大丈夫か見ただけだ。良好良好。」
「ふふ、寄ってみてよかったよ」
「ああ。…古登ちゃんよ、お前って子はまた罪つくりな女だなぁ」
「??罪つくり…?あたし、何かした?」
「いやいや。くっくっく。若いっていうのは、いいことだねぇ…」
「ん~…?じいちゃんも充分、若いと思うけどなぁー」
「はっはっは。そうかい。ありがとうなぁ」
「ふふ、うん。…カイエ待たせっぱなしだ。そろそろ行かないと」
「ああ。今頃はハレルヤと仲良くしてるだろうけどなぁ」
「ほんと?ハルヤ、友達いないからよかった」
「くっくっく」
「…ふたりとも、元気そうでよかった。うれしい」
「爺もだよ。古登ちゃんが元気で顔を見せてくれて、よかった」
「ふふ。また来るから。」
「…古登ちゃんよ」
「なに?じいちゃん」
「…元気でいてくれなぁ」
「あは、じいちゃんもね」
「うん、うん」
そうして、彼女は発った。
カイエという少年と、一緒に。
少年はぽつりと、最後に呟いた。
『にーちゃんは。…一体誰の味方なんだよ』と。
こたえてやった。
「あんな意味のわからん奴らの味方になんざ誰がなるか。
…そうだな、強いて言えば、少年。お前側ってことにしとけ」
眉間に皺を寄せていた。
少年には伝わっただろうか。
―――別にいいか、そんなん。
爺が嫌な笑い方をしていやがった。…いつものことだ。
次にあいつが来るのはいつだろうか。
…それもまた、別に考えなくて、いいか。
彼――ハレルヤが奥から戻ってきた。
古登は、一緒では、ない。
「…っ」
「おう。古登は今爺が見てる。心配すんな」
「えと…古登は、古登はどっか悪かったのか?今何をしてきたんだ?」
「義肢の接続部の状態チェック。まぁ、俺がつくってやったんだから、
数年足らずで馬鹿になる訳ねぇけど。油差したくらいだ。悪くなかった」
「…そっか…っありがとう」
「少年が礼を言うことか?」
にや、と薄く笑われた。無自覚に出た言葉だったので、自分自身が少し驚いた。
そして、その意味をまた自覚して、僕の耳は再び熱くなった。
彼はそんな僕に構わず、金属特有の色に落ちた椅子に乱暴に腰掛けた。
「爺が言ってたが。…少年も苦労性か」
「苦労…性?」
その言葉の響きに、一瞬ぽかんとしてしまったけども。…少し苛立ちを感じた。
「古登の何を知ってる」
話の繋がりがよくわからない。だが、ハレルヤはまっすぐこちらを見て問うている。
古登の――何を、だって?
「一覇のことは知ってるのか」
…核心を突いてきた。
「…話だけ。古登が、『混沌』を受けているってことと。…彼を追っているっていうことだけだ。
僕が知っているのはそれくらい。…それで?何が言いたいんだ」
ややいらつく。上からモノを言われている。背丈の差だけでは、ない。
「まぁ、それで充分だな。あの馬鹿の性格上、そこまで知らされていれば上々だ」
空気は変わらず。でも、何かを探られている気がする。
「馬鹿って…古登のことか」
「まぁな」
あくまで、淡々と。
言われた言葉の意味を考えるよりも、その感情があまり伝わってこない口調が頭に焼きつく。
冷ややかだ。それが彼の性格なのかもしれない、でもそれを差し引いたとしても。
――僕はこの男がすきにはなれない。
「…少年、…一覇には近づくな」
「…え?」
不意に落ちる――
「あいつは、…もう止められない」
「古登を傷つけるだけだ」
いつの間にか僕は立ち上がっていた。
彼は、…何を知っているというのだろう。
「聞いておくか?」
「…何を」
「一覇と古登の話。まぁ、俺が知ってる話なんざ限られてるけどな」
「……」
「あいつは爺の客だったんだ。奴が古登を拾う少し前の話」
「…あの、爺ちゃんも?にいちゃんと同じ?」
「腕利きの機械工兼闇医者だ。元々裏稼業の人間相手に治療をやってた。一覇はこの街に、
かなりの重症を負って倒れてた。それを爺が拾った」
「機械、工…」
「ちなみに一覇も義手だ。あいつは左腕。爺が手術した」
「…そう」
「それが縁で、ちょくちょくこっちに来てたな。俺はまだガキだったけど、それなりに話はしてた」
「…一覇は、どんなやつなんだ…?」
「別に。普通の人間だ。馬鹿みてぇに真っ直ぐで、男のくせに涙もろくて、
阿呆みてぇに他人のことを気にする」
「……なんか、全然印象が違う…」
「そうか」
「だって、『一覇』は古登を傷つけて、それで『混沌』をヴェイタのおっちゃんにもかけて、
今も古登を置いてどっか行ってて」
あいたいなぁ…
そう古登がこぼしたのは――いつのことだったか。
「あいつは…」
ハレルヤが、もう一度低く呟いた。
「変わった。…今は自我を保つだけで精一杯じゃねぇか」
――自我?
「『混沌』は、…核であるあいつ自身にも悪影響を与えていることに変わりない。
あいつは言ってたよ、"俺で最後だ"と。…どういう意味なのかは、しらねぇけど」
「……一覇は今、どこにいるんだ」
「しらねぇよ」
「何で知らないんだよ」
「わざわざ行き先を人に教えてから行く人間か、少年は」
「―――」
つい、彼を責めるような――そんな口を聞いてしまったが、彼の目は変わらないままだ。
理不尽だ。…僕は、…何をイラついてるんだ。
「ただ、古登は」
「え」
「あいつを追うことをやめねぇだろうな。…まるで親を追うガキだ」
「………」
「古登の手術をしたのは俺だ。でも命を繋ぎとめたのは爺だ。だから主治医ってのは、
爺のほうだと思うんだがな」
「その…手術って…」
「今から、…何年前だったっけな。一覇が『混沌』の激しい浸食に、堪えきれなくなったんだと。
力の放出でひとつ、ちいさな集落が消えたらしい。…セルネオのすぐ近くだった」
消えた。――また、消した。
「一覇は切れそうになる意識を必死でこらえて、しにかけた古登を連れて爺に預けたんだ。
…泣いてたな。俺もまだガキだったが、あれだけは、忘れられない」
「……」
ハルヤ、頼む。
…古登を、たのむ。俺は―――
…もう、だめなんだ。
もう―――古登の傍にいちゃ、…だめなんだ――
…ハレルヤは少し目を伏せて、押し黙った。
何かを思い出しているかのように――
「…少年」
「…少年って言うな、カイエって名前がある」
「そうか」
ふ、と彼は初めて表情を崩した。柔らかな笑みだった。
「…悪いがな、とりあえず頼んでおく」
「…何を?」
「あいつの傍にいてやってくれ」
「………いちはの?」
「古登だ」
「…え…え?」
そんな言葉が出るとは。思わず動揺を隠せない。彼は。ハレルヤは…何を――
「初対面の少年にこんなことを言うのもなんだがな。
…古登はな、あいつと同じなんだ。酷く孤独だ。古登をそうさせたのは一覇自身だ。
奴もそれは解ってる。痛いほどに。だからこそ古登から自分を遠ざけた。だが古登は奴を
追う。それはもう、俺は何度かやめろと言ったんだがな。…聴く耳なんざ持ってねぇ」
「……」
「一覇は、てめぇで自分の罪を背負ったまま、苦しんでる。だがそれは俺からすれば自業自得だ。
…それも理解してるけどな。しょうがねぇ野郎だ」
「………」
「てめぇの罪は、てめぇで片を付けろ。奴に関してはそれでいい。だが古登はな。…どうしようもなく
…どーしようもねぇんだ」
その表情には、冷たさはない。
「いつか、古登はまた傷つくだろう。それまでやめねぇ。あいつはそういう女だ」
だがそのとき。その瞬間には。
「…カイエ。古登の傍にいてやってくれ。…俺には、荷が重過ぎる」
「…じいちゃぁ…」
「古登ちゃんよ。目が覚めたかい」
「うん。手術、終わった?」
「はは、手術というもんはしてねぇよ。ちょっとばかし大丈夫か見ただけだ。良好良好。」
「ふふ、寄ってみてよかったよ」
「ああ。…古登ちゃんよ、お前って子はまた罪つくりな女だなぁ」
「??罪つくり…?あたし、何かした?」
「いやいや。くっくっく。若いっていうのは、いいことだねぇ…」
「ん~…?じいちゃんも充分、若いと思うけどなぁー」
「はっはっは。そうかい。ありがとうなぁ」
「ふふ、うん。…カイエ待たせっぱなしだ。そろそろ行かないと」
「ああ。今頃はハレルヤと仲良くしてるだろうけどなぁ」
「ほんと?ハルヤ、友達いないからよかった」
「くっくっく」
「…ふたりとも、元気そうでよかった。うれしい」
「爺もだよ。古登ちゃんが元気で顔を見せてくれて、よかった」
「ふふ。また来るから。」
「…古登ちゃんよ」
「なに?じいちゃん」
「…元気でいてくれなぁ」
「あは、じいちゃんもね」
「うん、うん」
そうして、彼女は発った。
カイエという少年と、一緒に。
少年はぽつりと、最後に呟いた。
『にーちゃんは。…一体誰の味方なんだよ』と。
こたえてやった。
「あんな意味のわからん奴らの味方になんざ誰がなるか。
…そうだな、強いて言えば、少年。お前側ってことにしとけ」
眉間に皺を寄せていた。
少年には伝わっただろうか。
―――別にいいか、そんなん。
爺が嫌な笑い方をしていやがった。…いつものことだ。
次にあいつが来るのはいつだろうか。
…それもまた、別に考えなくて、いいか。
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