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☆もしくは←の「アリオト小噺」より順番にお読み下さい。

不親切極まりなくてごめんなさいorz


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当日の―――朝は。

いっそ清々しい程に、雲一つない晴天となった。
…少しくらい、太陽の光を遮るものがあったっていいのに。
そんなくだらないことを考えながら、俺は城内の見回りにあたっていた。

うまく眠れぬ夜だった。
だが、一昨日よりは随分とマシだったと思える。
…姫様の見合いの時間、非番でなくて良かった。
どうか…うまくいくと良い。

朝の時間帯、俺は城の中をぐるっと一周し、不審なことはないか確認する。
それが終わり次第、一日の仕事に入る。ささやかな日課だ。
だが今日は少し早起きしすぎてしまった。
だから…巡回が終わった時、少し、時間が余った。

…ちょうどいい。
まだ頭にかかった靄を、晴らそう。
そう思った俺は、演習場に向かった。

城の中の静けさが。誰もいないこの朝の光が。
…いつものことなのに、何か、俺の背を追い立てているような。
…そんな気がした。

自然と足は、早まった。

 

拍手[0回]


「…誰もいないか。…当たり前か」

ぼそ、と自然に声が出る。
自分の声を聞いて、少し驚いた。
…今まで経験したことがない程、かすれた声。

朝日に照らされた演習場の土は、朝露を含んで少し柔らかいようだった。
いずれ昇り切る太陽の強い光に乾くだろう。
この喉に足りないそれは、一体いつ乾いたのか。

…情けない。
さっさと身体を動かそう。
いつまでもこんな腑抜けた感情を抱いてなんか、いられない。


そこまで考え、鍛練用の模擬剣を構えた、その時だった。

 

「アリオト・ウェル」

 


――低く――聞き慣れた声が響いた。


…嫌な予感がした。

すぐに振り返ることができなかった。


今は。

お前の顔を見たくなかった。

 

 

「…ジズか」

「朝から精が出ることだな。邪魔をしてしまったか?」

「…いや。…気にするな」

「そうか。では遠慮せず邪魔をしようか」


まだ振り向けなかった。

手の中で剣の柄が汗で緩む。まだ何もしていないのに。
ジズは静かに歩く。
その見上げるような体躯で、どうしてそんなにも音を消せるのか。
この外壁に囲まれた演習場は、そこまで広くはないがけして狭くはない。
音が響かない訳ではない。ましてや、こんなに近くにいるのに。
だが――俺の耳は、その足音をうまく拾えなかった。

後方には鍛練用の模擬剣が並べられた小さな小屋がある。
そこで小さく刃がこすれる音がした。
そんな音は目ざとく響いてくるというのに。

…沈黙に堪えられなかった。
どうした?
何を焦っている。
何も焦ることなんて、起きていないじゃないか。

 

「…珍しいな、ジズ。こんな朝早くからここに来るなんて。いつもなら――」

「アリオト」

「…なんだ」

「どうした。何をイラついている?」


――――イラついている?


「また陛下が何かやらかしたか。何、気にすることはない。いつものことだろう?
  それとも剣を振らねば払えない程の何かが卿にはあったのか」

「……そういう訳じゃない」


ジズはいつもと特に変わりはないはずだった。
その軽口も、低くよく響く声音も、俺を射る眼の鋭さも。
だがいつもは聞き流せるその言葉は、…今の俺には耐え難かった。


「そうか。それは残念だ。俺と同じことを感じているのだと思っていたのだが」

「…?…何の話だ」

「今から行こうと思っている」


ずく。と、心臓が鈍い音を立てた。
痛みに思わず顔を顰め、思わず右の掌で胸を押えた。
その音がジズにまで聞こえてやしないかと思ったが、
そんな心配はいらないようだった。

俺はそこで初めて、ジズの顔を見た。


「…何を…言っている?」

「今ならまだ間に合うだろう?というより、今しかない」


何が、何処へ行くとは明言していない。
だがジズは、『俺がそれを理解って』いることを見抜いた上で、話している。

ジズは俺の目の前まで歩を進め、俺をまっすぐに見た。
穏やかな表情は微動だにしない。
視線は逸らせない。逸らす訳にはいかなかった。


「卿が行かないならば、私が彼女を奪いに行く。」

「…ッジズ、お前…自分が何を言っているかわかっているのか?」

「無論だ。」

「何故だ?シリン様はお前の姉君のような存在だろう?
  この話を王が知らない訳がない。
  ならば、シリン様にとって良い縁談に違いないじゃないか。
  お前はシリン様に幸せになってほしくないのか!?」

「それを誰に聞いた。エアがそう言ったのか?」


――胸を突かれたような気がした。

思わず声が高ぶってしまったが、目の前の男は緩く笑みをもらしているくらいだ。
心臓の痛みが増す。奥歯を噛んでそれに堪える。

熱い。
太陽が高く昇り始めた――


「…確かに…確かに、俺はシリン様のお気持ちを聞いた訳ではない。だが…ッ」

「例え彼女がこの縁談に同意していたとしてもだ。私にそんなものは関係ない」

「…なんだと?」


耳を疑った。

…今、…この男は―――何を言った?

 

「あのような美しく魅力的な女性が常に傍らに有って、
  何も特別な感情を抱かないなどと卿は本当に思っていたのか?」

「…ジズ…お前…!」

「確かに、今はまだそれが愛だとは言いきれないかもしれない。
  だが、姉弟のような感情も時間が経てば次第に愛に変わっていくだろう。
  …この国も、エア…いや、シーリィンも、私が護ってみせる。卿はそれを黙って見ていろ」

 

「………!!!!!」

 

――ジズは、その言葉を言い終わる前に踵を返して去ろうとした。

最後の視線は侮蔑の色が見えた気がしてならなかった。
だがそんなものがなくても。


俺はジズを殴っていた。


 

「―――ッッ!」

「…ジズッ!!!」

 


思い切り殴ったおかげで、ジズはその長身のバランスを崩した。
特有の音を立て、俺の手にあった模擬剣は地面に叩き付けられた。
その金属の音が消えたあとの、痛い程の鈍い沈黙。
…遠く耳鳴りがする。

ジズは目に見える程表情を変えはしなかったが、ゆっくり右手の甲で口の端をぬぐった。
…薄く赤い線が引くのが見えた。


「…何の真似だ?」

「…それはこっちの台詞だジズ…!
  お前、自分が何を言ってるのかわかっているのか!!」

「その質問には答えたはずだが」

「そんなことは聞いていない!いいかジズ、お前ならわかっているはずだ!
  この縁談はただの縁談ではない。
  王を始め、たくさんの方が関わって今日という日を迎えたはずだ!!
  …シリン様もだ!!
  国の命運をかけた縁談だと言っても過言ではないはず!!
  …そんな見合いをぶち壊して、たくさんの方の顔に泥を塗って!!
  一体何が残る!?お前はそれで良くても!!
  …ッシリン様がそれを喜ぶと思うか!!」

 

――肩で息をする程まくしたてた。ジズは黙ってそれを聞いていた。
 

…自分でも、頭に血が上っているのはわかっていた。
騎士としてこの醜態は何だ。そんな姿を、一番負けたくない男に見せるなんて。

俺はわかっていたはずだ。
ジズはそんなことなんて、俺なんかに言われなくてもわかっている。
でもそれが許せなかった。
そんなに簡単に。そんなに簡単に。

そんなに簡単に、

…答えなんか出しやがって―――…ッ!!
 

 

「…それが」

「…え?」

「お前の答えか、アリオト・ウェル!!!」

「―――…がッ!!!」

 

ジズは―――

 

恐ろしく強く。反撃の拳を振り上げた。

 

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