「大丈夫かい?気分はどうなの?…しんどくない?」
………あぁ、そうだ。
何も構わず続ける彼女にそう言われて、思い出した。
俺は、……「浸食」に、また喰われたんだ。
…それから…
…この子が、…助けてくれたのか。
そういえば…大分必死に俺を支えようとしてくれていた気がする。
「あぁ…大丈夫だ。悪くない。」
「そぅかい……よかったぁ…」
そう呟いて、優しく笑った。…心配、してくれたのか。
「…悪かったな。助かったよ」
「ううん。こっちこそ、悪かったね。」
「?何がだ?」
「あ…いや、覚えてないなら、い、いいんだよ。
…ね、聞いてもいいかい?あんた、旅の人かい?
変わった格好してたけど、どこのひとなんだい?」
「……」
「…どうしたの?」
「…嬢ちゃん、いくつだ?」
「へっ?じゅ、…14、だけど」
「…その喋り方は、方言かなんかなのか?」
そう聞いた途端、彼女はみるみるうちに真っ赤になった。
そして、俺の問いには応えずに、半ば怒ったように問い返してきた。
「…っひ、人に名前も聞かずに年聞くなんて、失礼じゃないかいっ?!
まずは自分の名前を言うべきじゃないのかいっ!」
……どうやら、気にしているらしい。
悪いことを言ったな…。たしかに、年下とは言え、恩人だ。筋は通さねぇといけねぇ。
--どうかしてたな。
俺はその、ごつごつした足場にまっすぐ膝をつき、
胡座をかいて右の拳を地に着けた。
目線の高さが逆となる。…透き通った目だ。
暗がりのはずなのに、彼女の息遣いが存在を強く示している。
そして、まっすぐ頭を垂れた。
「--東の民族、『桜牙』が一闘士、風漢と言う。
…あんたは俺の恩人だ。…感謝する。」
「…ふぁ…」
…頭の上から、猫の子のような声がした。
怪訝に感じて頭をあげると、少女が呆然とした顔で立っていた。
………何か、変だった、か………?
「……あんた、変わってる、ねぇ…。
そんな名乗り方、…見たことないよ」
「そうか?」
「…ひゅ、きゃん…?…もう一回、言ってくれるかい?」
「…風漢、だ。」
「………ひゅーきゃ、ん」
「………風漢……。」
「……………」
「……………」
「~~~っ」
「ん?」
「い、言いにくい名前だねぇっ…」
くるりと表情が変わり、声をあげて笑った。いや…文字通り、吹き出して。
そして、何度か俺の名を練習するように呟いていた。
…可愛いな。
「じゃあ、…君の名を聞いてもいいか?」
「あ、うん。ココリータ・コバルト。」
「…ここり……長い名だな」
「…ココリータ、が、名前ね。」
「そうか」
変わった名だ。
…そう言ってやりたかったが、互い様だろうから、言わずにおいた。
彼女は屈託なく笑った。10も年下だが、…いい瞳をしている。
「…じゃあ」
「え?」
「くまじゃなくて名前で呼んでくれるか」
「が、はぁっ!!」
そこで彼女はまた頬を赤らめた。
そして、慌てて小さく謝ると、「だって名前を聞く前に、倒れちゃったからさ」と呟いた。
それにしたって、…くまかぁ。初めて言われたな。
郷には似たような体格のやつは結構いたし、俺よりがっしりした奴もそれなりにいた。
だが、女の子から見たら、それだけ自分は大きくなれたと言うことだろうか。
…それはそれで、…喜んでもいいかもなぁ…。
そう思うと、自然と頬が緩んだ。
…嬢ちゃんも、ふわりと、笑んだ。
……不思議だ。
異国で、命を助けられた。
…少女に。恩義がある。
だがそれだけじゃねぇ、何だ?
……不思議な…嬢ちゃんだ……。
「もう3日も目が覚めなくてさ…。どうしようかと思ったよ」
「そんなに…俺は、落ちてたのか…」
「そうだよ?あんたは覚えてないかもしれないけど」
「あー…そりゃぁ…随分…」
情けねぇ。…そう言いたかったが、俺自身だけのことだ。
…口にはしなかった。
「でも、ほんとよかった。…ふふっ、ほんと、クマが、…山、降りて来たと思ったんだよ…っふふ」
「クマかぁ…」
彼女が笑うと。
何故か自然、心臓の奥に温かいものが宿る。
なんだろうな?こんなん初めてだ。…不思議なもんだ。
「あ~~~~なぁあにしとんじゃ、そこ!!」
穏やかな満天の下。
それに不似合いな声が響いた。
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