…この際だ、ちょっと聞いておけ」
「はい」
「…あのな。…正直なとこ…俺は、…自分の奥に何より支えられてる」
「奥……あ、奥方殿…ですか」
「…ああ。…いろいろあったがな。あいつには相当気苦労も抱えさせちまった。
泣かせたこともあった。俺も青かったからな。…気付くまで時間も掛かった」
「気付く…?」
「…ああ」
「あいつを愛してる、ってよ」
「……っ」
「…気付いてからもまぁ、大変だったけどな。俺も男だ、馬鹿みてぇに
格好がつかねぇことにはなかなか手を出せなかった。
それこそ格好悪いって、言ったのもあいつだったな」
「……」
「アリオト」
ヴェイタ殿は、真っ直ぐ俺の目を見た。
その表情には、…俺のような未熟な感情はなかった。
「目を逸らすな。
お前に今必要なのは、気付くことだ。向き合えばいずれ解る。
…お前の中に今、燻ってる感情から逃げるな。…それだけでいい」
「----」
「いいな」
「…はい。承知しました」
--まるで兄に諭されているかのようだった。
素直に受け取れることができたのは、そんな錯覚を覚えたからだったのか。
…いや。
そうじゃない。
きっと俺が今、…求めていたことだった。
俺がそう返事をした時。ヴェイタ殿は、少し驚いたような表情になったが--
すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
それに応えて--俺も笑うことが、できた。
ヴェイタ殿の、言っている意味は、
…正直なところ、まだ理解しきれなかったが。
俺に今、すべきことが見えたような気がした。
「今日は、ありがとうございました」
「いや。俺こそすまなかったな、何だか説教じみたことばっか言っちまって」
「いえ、とんでもない。…勉強になりました。何だか楽になったようです」
「そ、か。」
「奥方殿は幸せですね。ヴェイタ殿のような方が御主人で」
「……あー」
「?」
「…あのな。その。…俺がお前に、あいつのことああ言ってたとか。
…内密にしてもらえるか」
「え?はぁ。でも」
「……わりぃな。…嘘はねぇんだが。…のろけるつもりは、なかった」
「…あ」
そう言って、くるりと後ろを向いたヴェイタ殿は。
本当にバツが悪そうな表情をしていた。
思わず、失礼ながら…吹き出してしまった。
「…くくっ」
「~~~笑ってんじゃねぇ」
「すみません。…くくく」
「あーーー、くそ」
「はははっ」
ヴェイタ殿は、少しばかり、顔を赤くして。
俺は何かの箍が外れたかのように、気分がよくて。
最後の方はヴェイタ殿から夫婦円満の秘訣等聞き出そうとしてしまった。
結局そのあたりは「言えるか馬鹿野郎!」などと言われてしまったが。
…本当に。
ヴェイタ殿への感謝の夜だった。
「では、俺は宿舎に戻ります」
「ああ。気をつけてな」
「そちらこそ」
「アリオト」
「はい?」
「…最後にまたひとつ、お節介ついでに言わせてもらうが」
「…?」
「てめぇの頭ん中に、もし女の顔が浮かんだとしたら」
「---」
「…てめぇにとって、護るべき女だと思っていい。
俺の、経験談だがな」
「…あ」
「じゃぁな」
…そう、肩越しに言って。
ヴェイタ殿は宿舎とは反対方向へ、去っていった。
俺は---
ヴェイタ殿の言った最後の言葉が。
…脳裏に焼きついて、…しばらく動けずに、いた。
「ヴェイタんおっちゃーーーーー!!!!!」
「ちょおおおおヴェーーイーターーーー!!!!!」
「…何だよ…」
「とりあえず置いていかれたのが悔しかったらしいです」
「ああ…悪かったよ」
「うああああああもおおおおおおしびれたーーー!!!!」
「ちくしょおおおお馬鹿ーーーーー!!!!!」
「………何だよ…」
「お店の中の会話までは聞こえませんでしたが、
外に出た後のとこは聞こえましたから。……ヴェイタさん、素敵でした…(照)」
「……あー…居るなぁとは思ってたがよぉ……」
「うあああああああ」
「ぐおおおおおおお」
「やっかましい。ほれ、部屋に戻るぞ」
「はーい」
「うえええええ」
「ふおおおおお」
「…アリオトさん、何かのきっかけになればいいですね」
「…そうだな。…言い過ぎたかもしんねぇが。…我ながらしゃべりすぎた…」
「そんなことないですよ。…きっと助けになったはずです」
「…さんきゅ」
「うえあああああいお」
「くっそおおおおおお」
「そこそろそろだまっとけ」
夜も更けた。
…仕掛けが動くのは、明後日か。
…アリオト。
俺にできるのは、ここまでだ。
あとは---てめぇで何とかしろよ。
…その前に、あの曲者が火付け役だったか。
---俺ぁ、…あいつには口で敵う自信はねぇなぁ…。
ま、何とかなるとは思うがな。
頑張れ。