「---ッ--!!」
焔だった。
あと一瞬、後ろに退いていなかったら絡め取られてた。
奴は赤々とその焔を右の掌に讃え、またそいつらは細ぇ蛇のように。
いくつもいくつも奴を中心に辺りを駆け回っていた。
--こいつ--、魔術士か…!!
「…当てる気だったな」
「避けると思っていたぞ?」
野郎。
「…『混沌』の齎すものについては、未だ謎に包まれている」
「…で?」
「たかが人間が、その悪名高い呪いにどこまで耐えられるのか、と言うのもな」
「--そうかよ」
やはり人外か…情報屋っていうのはこういうのがあってこそ、みてぇだな。
魔術相手じゃ分が悪いか。だが勝機が完全に無ぇ訳じゃねぇ。
奴がどれだけ本気かまだ読めねぇが--
品定めでもされてるようで、気に喰わねぇ--
大刀の柄に手を掛ける。態勢は低いまま。
間合いを詰められるか、その隙はあるか。それだけに集中する。
焔か…
「来ぬか?人間よ」
「…先手はくれてやってもいいぜ」
「先程のはそれには入らぬのか」
「好きにしろ」
奴はにっと口角を軽くあげてそれを返事とした。
と同時に詠唱を始める。--並の早さじゃ、ねぇ…!
魔術に関しては素人だが…やべぇんじゃねぇか…!
久々の高揚感。
未知の対象に何を仕掛けられるかわからねぇ焦り。
そんなもんは関係ねぇ。--いいぜ…来るなら来やがれ…!
奴は凜とした声で術の名を呼んだ。
直ぐさまその言霊に呼応した、先刻より勢いを増した焔が俺目掛けて--
いや、「このあたり一帯を目掛けて」姿を現した!!
---でけぇなオイ………!!!つぅか思ったよりシンプルだな!!
激しい炎龍は文字通り俺に喰らいつく。
---ッの野郎……--!!
その刹那。
俺は迷わず、手の中にあった柄を引き、大刀と。
腰にある小刀を---抜いた。
ゴォ…!!!
激しい、爆炎。
「…手加減を忘れていた…」
ぽつりと、呟く。
やや残念そうに、自らが燃した一帯を見遣る。
一瞬だった。
見事なほどの焔は、通常の炎とは違い、いつまでも地面に燻ってなどいなかった。
短い草が生えていた大地は、瞬時に荒涼とした地となっていた。
標的を喰いつくしたと判断して、まるで命を持っているかのように主の指示を待たずに龍は消えた。
ちりちりと独特な響きは、この場から近くない程向こうのほうからも聞こえる。
その場から半歩たりとも動かぬまま、奴ははためく蒼い外套の裾を捕まえた。
もう少し見てみたかったのに、惜しいことをしたものじゃ…
そんな独白が聞こえる。
---命取りじゃねぇか、その余裕。
一閃。
小高い丘に立っていた奴は、足元が死角となっていたようだった。
その場を去ろうとしていた奴の、向けた肩目掛け、
俺はまだブスブスとけぶる焔を背後に乗せたまま--
一足跳んで、一気に奴に斬りかかる!!
「---ッらあぁ!!」
「っ!!お 主……ッ!?」
反応は悪くなかった。
俺が大刀を横に凪いだその箇所に、一寸のズレもなく。
自慢の外套を盾に、左腕で受け止めた。
変わったせり合いだ。
「…へぇ…やるじゃねぇか、碧の旦那」
「は…お主、よくあの炎の中無事でいたのう…!」
「悪友が寄越したじゃじゃ馬姉妹が優秀でな」
「…成る程、な…ッ」
刀の刃が当たっているにも関わらず、外套は切れる様子もなく主を守っている。
特殊な布か、それとも奴の魔力が通ってでもいるのか。
俺にとっちゃぁどうでもいいが。
力技なら負けねぇ。--負けてたまるかよ。
だが、鍔ぜり合いに似た音を漏らしながらやや膠着する。
…あの瞬間、逃げ場のなかった俺は迷わずこの二振りを--
十時にかざして盾にした。
直感で--こいつらなら防げると思った。
魔の力に耐性があるのか。
特に小刀はあの濁流のような焔に切り込みを入れるように裂いた。
…おかげで直撃を免れた。
こいつらはまだまだ使い込む必要があるな---
均衡がやや崩れたタイミングで、その膠着から離脱する。
魔術を唱える隙なんざやるかよ。
直ぐさま態勢を変え、再び攻め込む。
器用にも奴は体術もそれなりにこなすらしい。
桜牙の剣舞にも、圧されながらも応えるか。
--おもしれぇ…!!
…その時、だった。
心臓の鼓動に似た音を、ひとつ---
右の眼が、発した。
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