「-----っ---!!!」
「…ッ来た、か…!」
奴が吐き捨てるのが聞こえた。
あの日の視界がまた、俺の感覚そのものを堕とし込んでいく。
…痛い?苦しい?そんなもんじゃねぇ。
……破るつもりか、よ---!!!!
「が ぁ …ッぐ、あぁあ…ぁああ……ッ…!!」
「………」
激しい、嘔吐感と立っていられないほどの磁場の揺さぶり。
右眼が、…焼けている。あつい。
---熱い……!!
「っはぁ……ッ!!がっ…ぐ、ぁあ…!!」
「…『混沌』の浸食は…初めてのようじゃのう…」
「…ぐ…ぁ…っ…」
「よく今まで、浸食を経験せずここまで来られたものじゃ。
…それだけでも、お主はたいしたものじゃ」
「…嬉し、くも…ねぇ…ッ…が…ぁ…」
「は…憎まれ口が叩ければ心配無用じゃな」
悠々とした口調と視線。
奴は臨戦態勢を既に解いていた。…こうなることを予期していたように。
いや…知っていた。--待っていたんだ。
--俺がしくじるのを…!
「く…そッ…」
「止めておくのが懸命じゃよ。あまり無理をされても厄介だしのう」
「…ッ」
「ものはついでじゃ。教えてやろう。…片目うさぎは、『混沌』の申し子じゃ」
「…ッ?…」
身体は動かねぇ。膝は地に着いたままだ。
くそ…全身が麻痺しちまってる……何が浸食、だ…!
自然、俺の頭は垂れて、奴にてっぺんから見下ろされた形になる。
奴は苦しむ俺に構わず、ただ淡々と情報を落としていく。
俺の支払いは、済んだらしい。
「片目うさぎは、『核』にその呪いを"分け与えられた"と噂されている。
この意味が解るか?お主のように呪いを下されたのとは違う。
"生かす為に"『混沌』を与えたのじゃ。
そのこととどう繋がりがあるかは定かではないが…『核』は片目うさぎと決別している。
それから、片目うさぎのほうが『核』を追って、各地に現れるとのことじゃ。
…だが不思議なことに、話ばかりは有名だが、当の本人たちの姿形やどんなヒトかはとんと話に出ぬ。
よってどこまで真実かは判らぬのじゃ。話半分で覚えておくがいい」
「……ぅ……ぐ」
内容を理解する前に、今は意識を保つので精一杯だ。
だが情報は情報だ。
必死に一言一句を聞き取る。
中身を考えるのは、…後だ。
……片目…うさぎ…。
「話としてはそのくらいじゃの。それ以上はお主自身で調べるがいい。
…喋りすぎたな。利子を付けてもいいくらいじゃよ」
「…ざけてんじゃ、ね、ぇ…よ……」
奴は満足そうに軽く声を立てて笑うと、王都の方角を見遣り、呟く。
「…さて…そろそろわしも失礼するかの。なかなか派手にやってしもうたし、衛兵なぞ来るかもしれん」
「…待、て、…ちくしょ……」
「ほう、もう動けるか?お主、本当におもしろいのう」
なんとか片手を杖に半身を起こす。奴は俺をおもしろそうに見下ろしているらしい。
痺れた脳が焼ける右眼の熱さに悲鳴をあげるが、構ってられねぇ。
…さっきよかマシだ。
だが---
なんて 無様な---
「また縁があれば、会おうぞ。お主が生きていればの話だがの」
「……もうひとつ良いか」
「まだあるのか?お主も欲張りじゃのう」
「…てめぇの、名は?」
一瞬だけ、奴の言葉が止まる。
だがすぐに先程の意地の悪い笑みを浮かべ、短く捨てた。
「--次に会えた時、名を交換しようぞ。」
…の、野郎。
毒づく暇も与えず。
奴は風のようにひうと去った。
…俺は多分、負けた。
身体を引きずり、何とか立ち上がってその場を離れる。
この期に及んで捕まるようなことがあってたまるかよ。
---くそ……!!
とにかく、歩いた。
右眼の痛みが、何とかひいたのは深夜。
俺の瞼はひとつ。重くなっていた。
まるで、鉛が入ったかのように。
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