「…義手?」
「うん。そ。あと、こっちの脚も。こっから下、…義足。」
僕は自分が思ったより自然にそれを受け入れたのを感じた。
隣にいる少女は、腰掛けながら右脚の「箇所」をぽんぽんと指している。
座ろ、と僕を見上げる。他人の家の玄関口だというのに、いいのだろうかと思いつつ、従う。
その少し伏せがちな瞳には、翳りは見えなかった。
「今からー…五年前になるかなぁ…一覇と別れたとき」
「…うん」
古登が自分から、自分のことを話してくれたのは初めてだった。
それがなんだか嬉しくて、でもなんだかかなしくて。
だってそれは、紛れも無く彼女の古傷だ。彼女の過去は「傷」そのものだ。
自分の過去とは、また違う。
その傷をどう、彼女が想っているのかは、自分にはまだ、わからない。
『一覇』のことも。
「一覇がさ。…ちからをね。解放したんだ。その日、突然。その時、…なくしちゃった。」
「…何を?」
「ここと、ここ。」
そして彼女はゆるいいつもの笑みを浮かべながら、先程のように指差した。
――左腕と、右脚を。
「…じゃぁ、それ…は。…一覇が?」
「そうなるかな。あたしもさ、その時、何がなんだかわかんなくて。咄嗟のことだったから、
避けきれなかったんだ。」
「…―――」
それは。
…つまり…『一覇』が…古登を…―――
「あ、いいんだ、そのときのことは。…一覇、すごく”ゆがんで”た。『混沌』が一気に進行
しちゃったんだと思う。運が悪かったんだよ、一覇も、あたしも。」
「…っでも古登、そんなの――」
「人ん宅の前で何してやがる」
突然上から露骨に不機嫌な声が落ちてきた。
背後の扉が開かれ、恐ろしく眉間に皺を寄せた眼鏡の作業着の男が立っている。
「ハルヤ」
――古登が気さくに話し掛けた。ということは、彼が―――
「…古登。てめぇ、…まーたアポなしできやがったな」
「だって必要ないじゃないか。あたしの主治医なんだから」
「誰がだ」
そう短く言葉を投げつけると、彼はふいと後ろを向いてまた室内に戻る。
古登はぴょんと立ち上がり、心なしか嬉しそうにそれに続く。
そして、くるりと後ろを向いて、僕にこう言った。
「カイエ、おいで。あたしの主治医、紹介するから。」
笑顔で。
「……」
うん、と短くそう応え、彼女に続く。
うまく言葉を繋げられない。僕に構わず彼女は慣れた様子で入っていく。
…セルネオに住み、数年前彼女の脚と腕を「手術」したという、機械工。
その機械工に「メンテナンス」の為会いに行くから、付き合ってと言って来た古登。
……なんていうか、あんなに若い男だなんて、聞いてない。
今はただ、黙ってついていくしかなかった。