---あの傷みは、俺にとっていい薬になった。
激しい苦痛は一昼夜を経てようやく治まった。
その間どうやってしのいでいたかは正直覚えていない。
ただ、このまま死んでたまるかという言葉ひとつだった。
痛みに悶え死んだなんて、あいつらが聞いたら失笑どころじゃねぇだろう。
治まってみれば、まるで悪夢から目覚めたみてぇにそれは一瞬で醒めた。
悪い夢を見た。
それだけで済ませられそうなくらいにあっけなく。
だが、俺の右眼は、確実に。
その呪いの影響を受けていた。
…重くてしょーがねぇ。
眠くもなんともねぇはずなのに、ちょいと力を入れねぇと、開かねぇんだ。
視力が落ちた訳じゃあねぇ。ただ、重ぇ。
…眼帯をふと考えたこともあったが、野郎を思い出してやや不快になってやめた。
右眼は自然と半分閉じたようになる。今はまだ、それだけだ。
あの日からどれだけ経ったろう。
「浸食」は俺の記憶の一部も喰った。
何かってぇと、碧い魔術師の顔を、きれいに忘れちまった。
それだけだ。
見た目と口調にえれぇ差があったような気がしたくらいしか思い出せねぇんだ。
…まあ、たいした支障はねぇ。
また対峙する宛てがある訳じゃねぇし、向こうもそのつもりもねぇだろう。
作った借りは--機会があれば返す。
今は、教えられた--焼き付いた記憶について考える方が、先決だ。
一応、目的ができたことに感謝する。
…片目、うさぎ。
「混沌」の、核…と言っていた。それが俺に「混沌」を下した存在。
そしてその核に。
…「混沌」を与えられた存在。それが通称「片目うさぎ」。
…まあ、それがどうだっていう話なんだが。
この片目うさぎとやらに会えたところで、本当に俺の目的が叶うかはわからねぇ。
ただ、何かの光明には、…なるとは思う。
会えたらいい。--それくらいでちょうどいい。
ついでに、俺は奴と接触して思いついたことがある。
ただ闇雲に、街を訪ねて情報を探しても埒があかねぇ。
もちろんそれも必要だが、…
奴のように情報を持った人間(奴は人間じゃなかった気がするが)に、
今回のようにいつもうまく遭遇できるとは限らない。
俺自身に情報が「来る」ようにしねぇと---
「あんた、…商人か?珍しいなこんなところで」
「そうか。じゃあお前さんは運が良いんじゃねぇか?」
「ははっ、そうかもしれねぇな。せっかくだ、モノ見せてもらってもいいかい」
「ああ」
「…なんだか見たことないもんばっかだなぁ…、こいつはなんだ?」
「アドニアの南に、古い街があるのを知ってるか?そこの--」
「ええ?これがそれだって言うのか?…本当の話か?」
「俺は商売人じゃねぇからな、話はうまくねぇ。だから"本物だ"としか言えねぇんだ。」
「ふぅん…まあ本当なら欲しいところだが…だがなぁ…」
「じゃあ、こうしようか。--あんた、腕に自信はあるかい?」
結局は自分の脚でどうにかしなきゃいけねぇ。
「何か」を持った存在は、ある意味で人目につく。奴のように。
何も持たない俺個人の力で「そう」なる為には、ちょいと難しい。
だから今は、これしか思いつかねぇ。
「…てぇ……くそ…あんた…ただの商人には勿体ねぇよ」
「はは。--立てるか?悪かったな、お前さんがなかなかやるからな、少し焦った」
「は、よく言う」
「勝たせてもらったついでに、ひとつ聞いてもいいか」
「?なんだ」
「---『混沌』ってぇ病を、聞いたことはあるか」
あれから、…一年は経つか。
かなり地道なことだとは思ったが、それなりに収穫もあるとは思う。
世界には、未開の地は数えきれねぇくらいある。
そこに挑むことで、「モノ」や「情報」、「ヒト」に遭えることも数えきれねぇくらい、ある。
--俺は---俺にはこういうことしか、できねぇ。
だが、俺にはそれでいい気が、した。
…奴と対峙して以降、奴ほどの手練にはなかなか遭わなかった。
「混沌」は、あれほどのレベルで戦闘をしなければ--
進行なんざ--しねぇんじゃ、ないかと。
俺はこの「病」を甘くは見ちゃいけねぇと思ってはいた。
だが、こんなにも音も無く---
「それ」は来た。
「-----」
―――来た。
「第2浸食」。
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