少女は我に返った瞬間、何もない砂塵の丘に独りで立っていた。
小さな身体を纏うのは擦り切れ薄汚れた厚い布ばかり。
白い素足は砂に塗れて寒さに震え、消えかけた夕暮れの朱が僅かに彼女を温めるのみだった。
あたしは、どうして、こんなところにいるんだっけ…?
煤がついた幼い頬は、冷たい風にさらされほのかに赤みを帯びていた。
ゆっくりと記憶を辿る。この丘には見覚えがない。けれど…
この丘には懐かしい家があったはず。
その瞬間、少女は自分の名を呼んだ最後の声を思い出した。
--ト、逃げなさい--!!!
大きな瞳が驚愕の色を持ち不自然なほどに見開いた。
硝子が割れるように、記憶の破片が音を立てて心臓を突き刺した。
「…あ…っあ…っ……!!!」
少女は震えた。
そして疼くまって吠えた。
「ぁさ…ッ ……ッあぁ…ッ……あぁッ……!!!!!!」
喉が枯れて夜が明けて。
彼女は意識を失い倒れるまで、泣いた。
今から9年昔、世界地図からひとつの集落がぽかりと消えた。
焼け跡から見つかったのは、僅かな灰とちいさな少女のみ。
その少女さえ、国家の調査では確認されなかった。
人々がその事態に気付きやってきた時には、
少女は黒髪の男に拾われ、意識の無いまま遠い異国の地に連れていかれていた。
衰弱しきった少女は、意識が戻らず飲食も叶わなかった。
男は少女が目を覚ますことを待ち、傍らを離れようとはしなかった。
彼の願いは届かぬまま、少女は最後に涙を一筋流し、息を引き取った。
死なせは、--しない---
男はそう呟くと。
ぐるぐると巻かれた布に包まれた左腕をがしゃりと重そうに持ち上げ、
指先で虚空に陣を描いた。
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